2022年 年頭所感m(_ _)m
私がテルミー療術師になったのは今から6年前。こんなにも充実した日々が送れるようになるとは、あの頃思ってもいなかった。
音楽大学で打楽器を専攻していた私は、打楽器専門の楽器屋に就職したが、時を経て再度音楽に挑戦すべく、2004年にキューバに渡った。 そこで当時音楽修行をしていた日本人である現在の夫にも出会うことになる。2006年 2年間の刺激満載キューバ音楽修業から帰国後、すぐに妊娠が判明。。。そして結婚、出産という人生最大の変化がおとずれる。
長女次女の出産後、東日本大震災のあおりで子供2人を連れ西へ疎開した。ついで義母が病に倒れ、私と子供達は再び東京へ戻ることとなる。
この時点で、仕事として音楽を続ける気力体力を完全に失っていたし、自分を見失っていた。
私は音楽への挫折感、子育てによる疲労、生活の不安、夫とのすれ違い、女性特有のからだの変化による不調等を極め、絶望していた。毎日苦しかった。普通に考えて幸せであるはずだろう。2人の子供に恵まれて、家族4人なんとか生活出来ている。なのに悲しく、無欲で、子育てができなくなっていた。
心療内科を受診するようかかりつけ医に言われた。薬を服用するが、自転車でフラフラして我が子に怪我を追わせた。結局何も変わらなかった。 時間だけが過ぎていった。
時折夫に運動を勧められていたがやれずにいた。だが夫はスポーツジムに付き添ってくれた。走れる訳が無いと思っていたのに、何故だろう?ゆっくりだが30分間ランニングマシンで走ることができた。嬉しかった。何より汗をかいて気持ちがよかった。この時私の中で確実に小さな変化があった。
その後夫が仕事で長崎を訪れた際に「テルミー」という温熱療法に出会った話をしてくれた。
しばらくして今度はママ友から「テルミー温熱療法」を紹介された。自分で手当てできる家庭療法だというのだ。
やっとこのタイミングで気持ちが動いた。すぐに施術を受けに行き、これだ!出会えた!と思った。
自分にテルミーをかけるようになって1年ほど経ち、例年最も辛かった年明け1月が、何事もなく過ぎようとしていた。翌年も、翌々年も、気付いたら乗り切れるようになっていた。この頃、家族間では嬉しいことに、私はただの「お母さん」から「テルミーできるお母さん」に昇格していた。
それから間もなく私は「療術師」になると決め、1年半余りでその資格を手に入れたのだ。
そして2022年、有難いことに療術師の仕事も軌道に乗り出した。こんな未来が来ると分かっていたら、あんなに辛くなかっただろう。だが近道せずにきた分、それは私のエネルギーとなっている。
私は今、自身のからだに寄り添い、自身と向き合い、自身を楽しませることを忘れないよう心がけている。時になかなか難しいが、そうありたい。 テルミーはそういうことを教えてくれた。
最後に、私を応援してくれている家族に、そして私を支えてくれ、多くの方との出会いをもたらせてくれたテルミーに心から感謝を述べたい。